脱スピリチュアル・脱自己啓発

アメブロ『脱スピリチュアル・脱自己啓発』の改訂版。スピリチュアルにハマる…自己啓発セミナーに通い続ける…で、幸せは手に入るのか?

4-1 質問コーナー:「脱スピ」という言葉はいつ生まれた?

第4章は、読者の方からのご質問にお答えしたいと思います。

アメブロおよび当ブログの記事は、あくまでもブログ主である斬り込み隊長の私見ですが、記事を熟読してくださっている方がいることを知り、真摯にお答えしたいと思います。

 

【問い】

「脱スピ」という言葉はいつ頃から現れてきたのでしょうか?ネットでみる限りおそらく2011年末か2012年初め頃かとわかりますが、もしかしたら、スピリチュアルにお詳しい方々のコミュニティーの中ではそれ以前から存在していたのかなとも思います。もし、「脱スピ」という言葉が現れた時期とそのきっかけと規模について情報をお持ちでしたら、教えていただければ幸いです。
 
【斬り込み隊長からの答え】
実は、アメブロにてブログを書こうと思った際に、初めて『脱スピリチュアル』という言葉を使おうと思いつきました。すでに「脱スピ」という言葉があるということは知らなかったのです。アメブロで記事を書き始めたのは2015年11月でしたが、当時から「脱スピリチュアル」「脱スピ」というキーワードを検索してみると、複数の記事がHITしましたので、スピリチュアルおよびスピリチュアルビジネスの隆盛とともに「脱スピリチュアル」という考え方も現れていたのだと思われます。
(脱)という言葉は、「脱出」や「離脱」という意味を含み、2001年、当時、長野県知事だった田中康夫氏が「脱ダム宣言」なるものを公表し、流行語のように広く知れ渡りました。私は、この「脱ダム宣言」から派生して(脱)なる言葉を、名詞に付けることで(その物事から脱する、離脱する)という意味で捉え、正直なところ、自分で作り出した造語だと思っていました。笑 が、すでにこの言葉は広く出回っていたのでした。
 
さて、ここからは私自身の考察なのですが、スピリチュアルブームの火付け役である江原啓之氏が一時、各種メディアに頻繁に登場し多くの人に「スピリチュアル」という概念を広めたのは周知のとおりです。
一方で、メディアに出すぎたために、いろいろな問題(江原氏の発言に対する矛盾点など)も起きました。代表的なものとして、2007年7月に放送された「FNS27時間テレビ」で、江原氏が女性に対し、亡き父親からのメッセージを伝えたところ、その内容に不満を持った女性から抗議され、放送倫理・番組向上機構BPO)が同番組を批判する事態にまで発展しました。また、人気番組『オーラの泉』でも、ある女性タレントの亡くなった父親からのメッセージと話したことが、実際にはご存命だったこと等も話題になりました。
 
そのような経緯と、当時「放送番組委員会」と言われていた組織が、2007年に「放送倫理検証委員会」と改組され、正確な放送と放送倫理の遵守が徹底される傾向になり、自主規制がいっそう厳しくなったことも影響があると思われます。
 
スピリチュアルは江原氏のオリジナルのコンテンツではありませんが、メディアを通して多くの人に与えた影響は強く、日本でスピリチュアルという言葉を広めたのは江原氏であることは間違いなく、メディアに多く登場していた人ですから、逆をかえせば、BPOの審査と共にメディアの露出がなくなってきたころから、「脱スピリチュアル」という言葉が出回って来たのではないかと思われます。
つまり、私としては、「脱スピリチュアル」という言葉は、2006~7年頃から露出を増やしていったのだと思います。
 
今でも、江原氏は時折、メディアに登場しているようですが、当時のような予言めいたことやリーディングのようなことはせず、スピリチュアルを通した倫理観、生き方指南などを行っています。
一方で、音楽活動などにも励んでおり、アーティスト(?)のような、いわゆる一般の芸能活動のようなこともされています。
スピリチュアルブームの頃とは違った方向性で活動されているようです。
 
ちなみに、私自身は江原氏を100%偽物のスピリチュアルカウンセラーだとは思っていません。彼は本来、非常にシンプルに困った人の救済にスピリチュアルを用いたのだと思います。ただ、メディアにもてはやされ、地位や名誉を得ることになり、少しずつ本来のスピリチュアルカウンセラーとしてのスキルを失っていたのではないかと思います。
 
いずれどこかで書きたいと思いますが、(魂)を扱う場合、営利目的、つまり個人的なエゴイズムにまみれると、そのスキルは奪われると私は思っています。この「人を助けたい」と思う心は非常に純粋であればあるほど、深く作用するものだと思うからです。
無垢な幼子に接したら、だれもが癒されるように、邪念や個人的な欲がからまないことが、スピリチュアルを扱う人に必要なことだと思います。だからこそ、これはビジネスにならないと言いたいのです。
 
以上です。