脱スピリチュアル・脱自己啓発

アメブロ『脱スピリチュアル・脱自己啓発』の改訂版。スピリチュアルにハマる…自己啓発セミナーに通い続ける…で、幸せは手に入るのか?

1-4 日本にスピリチュアルブームを引き寄せたもの

考えを深めれば深めるほど、さまざまな捉え方があるスピリチュアルですから、スピリチュアルそのものは否定されるものではないと思います。

私が考えるスピリチュアルとは自らの命とエネルギーのことを指し、それは皆さんも同じで、誰に邪魔されることなく、自らの心に従って、自らのスピリチュアルを磨くことは素晴らしいことだとさえ考えています。しかし、スピリチュアルを商売道具として利用して、弱者をカモにする人が増えすぎた今の状況に水を差すつもりで、私は声を大にして、スピリチュアルにからめた商売をエセスピリチュアルとブログで斬り捨ててきました。

ですから、このブログでは、誰かからの受け売りや聞きかじりのスピリチュアルを盲信し、日々の生活すべてをスピリチュアルとスピリチュアルにからめたメソッド(実は商売にカスタマイズされたもの)に身をうずめてしまう人をスピリチュアル信者と言わせてもらいます。後述しますが、それはネットワークビジネスでいわれる『〇〇(ネットワークビジネス名)信者』とほぼ同じ意味あいです。信者をカモ化して金の搾取にいそしむ商売です。

 

さて、多くのスピリチュアル信者には共通点があります。それは、仏教でいうところの念仏とでも言えば良いでしょうか。ある言葉を唱えると、一気に信者が増えます。

それは、
『あなたはあなたのままでいい』
という言葉です。
これは当たり前のことを言っているのですが、スピリチュアル信者にとって、その昔、唱えるだけで救われるといわれた念仏のように(あなたはあなたのままでいい)というフレーズに心を突き動かされ、
『あぁ、これだ!』
と涙を流し、感銘を受け、この言葉を教えてくれたスピリチュアル商売人やスピリチュアルメソッドを信心します。

 

なぜ、こんな言葉で心を大きく動かされるのでしょう。

ここにこのブログで私が最も言いたいこと(自己肯定感が低い人がスピリチュアル商売・自己啓発商売のカモにされる)が表れています。

これは、やはり社会背景が大きく影響しているのだろうと考えます。特に、太平洋戦争の敗戦です。日本人の団結と忍耐を支えてきた大きな価値観が崩壊して、日本という国自体が世界から否定されました。しかも、多くの犠牲を払って…。人々の不安の強さは想像に難くありません。
自分が生きるための礎となっていた価値観が否定され、アメリカ民主主義が押しつけられ、より物質主義的で拝金主義的な思想をもとに、勤労に励めば人々の暮らしを豊かにすると啓発されていきました。やがて戦後復興から高度成長期に入り、「苦労は報われる。頑張れば必ず幸せがやってくる」という信念がからんで、“自分はまだまだだ”“こんなんじゃダメだ”と、自分自身にダメ出しして鞭打ちながら勤労に励む大人たちが増えていきました。
日本が軍国主義だった時期に国民精神総動員による滅私奉公が植えつけられ、自由思想が制限されたら、個人のアイデンティティーなどは邪魔なものでしかなかったはずです。挙句に敗戦によって信じ込んでいた価値観を否定された人々に、自己肯定感が育まれるはずはありません。勤勉で努力を惜しまず自己犠牲的な日本人が量産されました。
「頑張らない奴はダメな人間だ!」
「結果がすべて。努力のみ!」
「努力・忍耐できない人間は無価値」
こんな企業戦士たちのおかげで今の豊かな日本を手に入れたのですが、こうした思想を持つ大人たちに育てられた子どもに自己肯定感が育まれることなど、どだい無理な話だったのです。
そこに、ベビーブームに受験戦争…。自己肯定感のない大人たちが「認めてもらう」ための矛先が子どもたちに向けられていきました。
「ダメだ!ダメだ!・・・今のままじゃダメだ!」と尻を叩かれて育った人間が大人になり、親になっていきました。
すると、どうでしょう。
バブルがはじけた瞬間、右肩上がりの経済成長に突如ストップがかかり、日本の復興と繁栄を支えてきた「頑張ったら報われる」という思想が一気に尻すぼみしていったのです。大企業の倒産、終身雇用制の崩壊、地価や株価の下落、就職氷河期…。
残るのは虚しさばかり…。「自分の努力は何だったのだろう」と力尽き、立ち上がる力などありません。希望と期待を胸に努力を重ねてきた自分の身の置きどころ、心の置きどころが無くなり、
「幸せの価値はモノの豊かさじゃない。お金じゃない」と、自分自身に言い聞かせながら、無力感に溢れて生きる気力が湧くことのない我が身を応援するしかなかったのです。何をどうすれば良いのか?責任の所在すら分からず、力尽きた自分を再起させるものを探し始めたのです。

太平洋戦争の敗戦やバブルの崩壊は、その時代を生きていた人が社会不安に巻き込まれながら、自分の心を支えてきた価値観の崩壊に遭ったことになります。それらは、先に述べた仏教が普及した時代や、鎌倉新仏教が次々に生まれた時代に生きた人々の不安に近いものだったと考えられます。つまり、新しい「教え」、新しい救いが求められたのです。